脳内ダダ漏れ帖
趣味とか萌えとか日記とかを無節操に書くブログ
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
『夏の日差しに氷水』
何となく、縁側に足をぶらぶらさせてみる。
普段は細身の長靴に仕舞われた、白い爪先が夏の陽に眩しい。
元就は、珍しく浴衣一枚のだらしない姿でぼんやりと座っていた。
ここしばらくは大した戦もなく、特に成すべき事もない。それでも、これまでの元就なら、権謀術数を巡らせて、謀略のひとつも企むのだが、近頃はそんな気力もとんとなかった。
もとより、元就は中国の安寧にしか興味のない男ではあったが、それにしてもやけに腑抜けた様子である。
しかし、けして無気力な表情ではない。冷血漢に似合わない、それこそいつぞやの「サンデー」じみた柔和な表情である。どことなく幸せそうに、庭に揺れる向日葵を眺めていた。
ほんの些細な事柄が、これ程までにこの男を変えてしまったらしい。
「折角白くて艶っぽいのに、そんなに陽に晒したら小生みたく焼けっちまうぞ」
からかうような調子の低い声が、頭の上から降ってくる。
元就は声のする方を見上げ、柔らかく微笑んだ。
「黒田か」
惚けるのに似た、ぼんやりとして甘ったるい眼差し。
恋の色を含んだ視線に、官兵衛は嬉しそうに笑って見上げる額に口付けた。
「もう用は済んだのか?」
「ああ、ばっちりだ。これで暫くは小生もゆっくりできる」
そう言って、元就の隣へ腰掛ける。枷の手には何か皮の袋を持っていた。
元就は暑さも気にせず、ぴたりと官兵衛に身を寄せる。
歳下の恋人の幼児返りした仕草に、しょうのない奴だと苦笑するが、自分にしか見せないその姿が可愛くて仕方がない。暑くてたまらないのだが、離れさせようなどという気は全く起こらないのだった。
「その袋はなんだ?何やら濡れているようだが」
元就は不思議そうに官兵衛の手元を除き込む。
よく見れば皮袋の表面は、奇妙なほどにびっしょりと濡れていた。ポタポタと透明な雫が滴る。
「おぉ、これか?お前さんへのお土産だ」
官兵衛はニッと笑うと、袋を軽く揺すった。何か硬いものが入っているようである。
「ちょっと目を瞑ってもらえるかね?」
「それは構わんが……こうか?」
「そうそう、そのまま少し待っててくれ」
言われるままに目を閉じると、隣から皮袋を開けたのが分かった。ガサガサと何かを取り出す音がする。
どうやら何かの包みらしい。水の滴る音と、包みを開くような音が聞こえた。
「毛利、口を開けてみろ。なぁに、妙なものを入れたりはせんよ」
顔を見ずとも、ニヤニヤしているのが声色から分かる。妙なものを食べさせられる心配など元々してはいないのだが、前もって断られると少しばかり不安にならなくもない。
そっと官兵衛の膝に手を置くと、少しだけ湿った土埃の感触がする。元就は少しだけ身を乗り出すようにして、おそるおそる口を開けた。
元就には珍しい、そのどことなく気弱な仕草が愛らしい。官兵衛はそのまま口付けたくなる衝動を押さえて、袋の中身を摘み上げる。じゃらり、と官兵衛の手枷の鎖が鳴った。
ころん、と元就の小振りな口の中に、濡れた小石のようなものが放り込まれる。
「熱ッ……!ぃ、いや…冷たい……?」
「どうだ珍しいだろう?もう目を開けていいぞ」
口に放り込まれたものの妙な感触と、官兵衛の得意げな声に、元就は瞼を上げて官兵衛を見た。声と同じ得意顔はやけに御機嫌で、驚く元就を長い前髪の向こうから嬉しそうに見ているようだった。
元就はいったい何かと官兵衛の隣に置かれた皮袋へと目をやる。
皮袋の上には、幾重にも笹の葉が重ねられており、それで中身を包んでいたらしいことが何となく分かった。さらにその笹の葉の上には、袋の中身の正体がどんと鎮座している。
水に濡れてつやつやと輝く、向こうの景色さえ透き通るような、真っ透明の氷塊といくつかの小さな氷が青い竹葉に乗っていた。
元就の口の中で、氷がかろんと音を立てる。
「……氷だと?」
元就が怪訝そうに呟くと、官兵衛はますます得意満面で胸を張った。
「そうだ!それも技なんかで出したヤツじゃないぞ!正真正銘本物の天然氷だ!
去年の冬に見つけたのさ。綺麗に透き通ってて、飛びっ切りに見事だろう?
夏になったらお前さんにやろうと思って、この近くに作った氷室へ仕舞っておいたんだ」
嬉しそうにそう言って、枷の両手で器用に袋ごと持ち上げて元就に氷塊を見せる。
その氷塊は、確かに今までに見たことがない程に透き通っていて、草や落ち葉の欠片はおろか、細かな気泡さえ全く見えないような、それはそれは見事な氷だった。それは単なる水というより、もはや固形化した空気のようにさえ見える。水晶玉でもこんなに綺麗な真透明ではない。
つうっと指で一本線を引くと、水が指先を滴って、氷の表面へ微かに跡を残してすぐ消えた。
「冷たいだろう?この暑さには格別じゃないか?」
官兵衛はいかにも嬉しそうにニコニコとしながら問い掛ける。
ころころと舌の上で転がすと、みるみる溶けて元就の体温を僅かに奪った。鼻から抜ける呼気が涼しい。
少しずつ咽喉を潤す氷の欠片は微かに甘く、上質な水が氷結したものだと分かった。
「確かに、上等な氷ではあるな」
「だろう!どうしてもお前さんに食べさせてやりたかったんだよ!」
そのために、元就には内緒でわざわざこの近くにこっそりと氷室を作って、お目当ての氷を夏まで守るために、あちこちから沢山の氷を切り出して運び込んだのだという。さらに、保管していた氷の一番綺麗な部分を削り出し、ギザギザになってしまった表面を竹の葉でつやつやになるまで磨き上げてここまで持ってきたらしい。
「ま、磨く必要はなかったかもしれんがな。どうせ周りは溶けちまってこの有様だから」
袋を開けた時に、溶けた水が零れたのだろう。地面にびっしょりと濡れた跡があった。官兵衛の袴も床も随分濡れてしまっていたが、この暑さと日差しならじきに乾くだろう。
元就は官兵衛の掲げた氷塊をじっと眺めると、顔を近付け覗き込む。竹葉の香りの混じる水の匂いは清涼で、ひんやり冷えた空気が鼻先に触れて心地良い。
口の中の氷は溶けて、いつの間にかなくなっていた。口寂しさに任せるように、そっと氷塊へ舌を伸ばしてみる。舌先が氷に触れると、水の味と溶ける感触がする。甘く冷たい水をてろりと舐め上げた。
美味しい。だが、少しだけ物足りない。
この冷たくて美味しい水を、もっとたくさん啜りたくて、口付けるようにして氷塊をしゃぶる。ちゅう、と氷塊をしゃぶる音が漏れ、顎を水が滴った。
「……なんだか、いけないものを見ているような気分だなぁ」
その呟きに元就は視線を上げる。苦笑いする官兵衛の頬が微かに赤い気がした。
「別にそんなつもりはない」
何となく恥ずかしくなって、少しだけ気不味そうに視線を逸らす。氷塊の脇に添えられていた、溶けかけの氷を一つ摘んだ。指が痛くなりそうな程に冷たくて、取り落としそうなくらいにツルツルとしている。
元就はそれを、官兵衛の口に押し付けた。
「どうせ、そなたはまだ食べてはいないのだろう?」
どこかつっけんどんな口振りで、それが照れ隠しらしいのが分かった。官兵衛はしょうがなさげに苦笑すると、大人しく口を開けて氷を含んだ。少し大きめの塊で、口の中がもごもごとしてしまう。
「ぅん、うアい」
美味い、と言いたいのだが、氷が邪魔で言葉にならない。冷たい息を漏らして笑った。
元就は、ふん、と小さく鼻を鳴らして、小さな氷を摘まんで口に放り込む。
暑さとは別の火照りのせいか、氷はどんどん溶けてただの水に変わっていった。ゆっくりと咽喉を潤す水分が、少しだけ気持ちを落ち着ける。
官兵衛はころころと音を立てながら、どことなく恥ずかしそうな元就を眺めて楽しそうに氷を頬張っていた。
夏の日差しは眩しい。縁側に下ろされた白い足が陽光に映える。
足元に用意した盥の中には、井戸の水と食べるには少し多すぎた氷の塊。
輝く氷塊を弄ぶ爪先が艶やかに煌めいていた。
「どうだい、涼しいだろ?」
「冷た過ぎる程にな」
ぱしゃり、と水を蹴り上げる。キラキラと日に輝きながら散る様は美しい。
爪先を彩る雫も、宙を舞う水と同じく美しい。
「見惚れるねぇ」
「何がだ」
「さすがは日輪の申し子だ。日を浴びて水を蹴る爪先の目映さよ。いやあ、タマランねぇ」
お前さんは日と相性が良い、と冗談めかして官兵衛は笑う。
その言葉に、元就は呆れたような視線を向けた。
「何を申すかと思えば」
「いやいや、本当だ。お前さんだから絵になるんだよ、そういうのは。
小生が同じことをやってみろ、似合わんどころか大層馬鹿のような仕草だぞ」
「それは否定せんがな。我の足がどうのという話と、日輪には何の繋がりも無かろう」
「つっこむのはそっちか!」
可愛げの無い男だと言いつつも、表情は穏やかに綻んでいる。
この軽口が特別な仕草だとよく知っていた。極々親しい者に対してしか使われることの無い、悪意ある皮肉を含まない無垢の言葉である。口があまり良くないのは元からだ。
官兵衛は邪魔な前髪の向こうから、微笑ましげな視線を元就へと送った。
「まあ、あれだ。小生にはお前さんが眩しいよって、ただそれだけの話だよ」
水面に下ろした爪先に、ちゃぷ、と小さく水が鳴る。
官兵衛を見上げる元就の頬が仄赤く染まっていく。元就はさっと視線を逸らせた。
「……それは…そなたが穴倉に長く居過ぎたという、ただそれだけの事よ」
「どうだろうなぁ。それでもやはり、眩しいことには変わらんと思うがねぇ」
「……何を馬鹿な……っ」
元就はつんとして吐き捨てるが、それが単なる照れ隠しであることは明白だった。
日輪の申し子を自称する元就だが、他人から、それも恋慕する相手から、そのように誉められるのにはあまり慣れていない。
つっけんどんに照れるその姿を、官兵衛は可愛らしく思っていた。
ふっと小さく笑うと、目映げに目細め穏やかに告げる。
「お前さんなら、穴倉の底まで照してくれそうだ」
枷の両手をそっと伸ばし、優しく赤い頬を撫でた。
ぴくん、と小さく肩が震えて、元就の耳までが真っ赤に染まる。
「……そなたは……我を涼ませたいのか、暑くさせたいのか、いったいどちらのつもりなのだ……っ!?」
「さあな。お前さんは、どっちだと思うね?」
そう言って悪戯っぽく笑うと、元就は黙って枷の両手を払い退けた。
少し遊びすぎたか。そう思って苦笑する官兵衛の肩に、ふわりと暖かい感触がもたれかかる。
「どちらでも構わぬわ。どちらにせよ、結果は同じぞ」
「違いない」
肩に心地良い重さを感じながら、官兵衛は盥を眺めていた。
白い爪先がゆるゆると、氷の欠片を弄ぶ。
音もなく溶けゆく氷塊が、ころん、と盥の底を打った。
官兵衛はなんとなく視線を上げる。
空には入道雲がそびえ立ち、目映い日射しに白く照っていた。
夏はまだ始まったばかりである。
PR
カレンダー
プロフィール
HN:
ヤサブロー
性別:
女性
自己紹介:
無双・BSR至上主義のガチ腐。
無双は三國寄りで好き。
けして、歴女ではない。
一応、同人小説サイト持ち。
ほぼ倉庫化してるけど気にしない。
pixivでは別HNで活動中。
全般的に癖のあるキャラを好きになりがち。
↓↓好き↓↓
司馬懿/陳宮殿/郭淮さん/鍾会さん(無双)
明智/大谷さん/官兵衛さん/又兵衛(BASARA)
松下/埋れ木/二世(悪魔くん)
カイジ/一条/和也/涯/零/森田(福本)
鎬昂昇(バキ)
無双は三國寄りで好き。
けして、歴女ではない。
一応、同人小説サイト持ち。
ほぼ倉庫化してるけど気にしない。
pixivでは別HNで活動中。
全般的に癖のあるキャラを好きになりがち。
↓↓好き↓↓
司馬懿/陳宮殿/郭淮さん/鍾会さん(無双)
明智/大谷さん/官兵衛さん/又兵衛(BASARA)
松下/埋れ木/二世(悪魔くん)
カイジ/一条/和也/涯/零/森田(福本)
鎬昂昇(バキ)